独身女性に対する「もったいない」という言葉は褒め言葉ですか? だとしたらあんまり嬉しくないかもしれません

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もったいない

有用なのにそのままにしておいたり、むだにしてしまったりするのが惜しい

出典:デジタル大辞泉

30代後半あたりから、初対面の人(主にお客さん)に「ご結婚は?」というのを通り越して「お子さんは?」と聞かれるようになりました。

結婚しているのはもう当然のこととして、その先が知りたいようです。

「私、独身なんです。1度も結婚したことなくて子どもも生んだことないんですよ」と答えるのですが、たまにそのときの返答として「もったいない」といわれることがあります。

ひねくれているのかもしれませんが、この「もったいない」という言葉に私はいつも違和感というか、心に引っ掛かりを感じて苦笑いを返します。

ちなみに私が独身と告げると「ええっ! うらやましい。結婚なんてしなくていいわよ」という人もいて、そういう言葉には素直に笑ってしまいます。

 

この「もったいない」という言葉。自身の結婚生活がすばらし過ぎて「こんなすばらしいものを体験していないなんて!」という意味で使う人もいるかもしれませんが、きっとほとんどの人は多少の褒め言葉として使っていると思います。

例えば私がどうしようもないブスで性格の悪さが全身から滲み出ていて髪の毛はボサボサ、小汚い服装で「独身なんです」といった場合、絶対に「もったいない」とはいってもらえないでしょう。

見た目も物腰もひどくないという前提で「もったいない」という言葉が発せられると思うのです。

なのににどうして「もったいない」といわれて全然嬉しくないのか。むしろ違和感を感じるのか。

考えてみた結果、それはその言葉の裏にかすかな価値観の押しつけを感じるからなのです。

 

どういう場合なら独身女性に対して「もったいない」といえるのでしょう。

  • 見た目も内面もすばらしい女性なのに、どうしようもないダメンズとつきあっている
  • 良妻賢母になりそうなタイプなのにもう何年も不倫をしていて結婚適齢期を過ぎようとしている
  • すごく仕事ができるのに家庭に入ることを求める男と結婚しようとしている
  • 結婚願望があるのに性格が引っ込み思案で出会いの場に出向かず引きこもっている

このあたりなら私でも「もったいない!」といってしまいそうです。でも、本人が納得しているのなら、それすら余計なお世話になってしまいそうです。

 

私の母の友だちに、非常に子どものことで苦労をしている人がいるのですが、その人から私が結婚もせず子どもも生んでいないことに対してしみじみ「もったいない」といわれたときは「いやいやいやいやいや」と反論しそうになりました。

子どもは赤ちゃんのうちに一生分の恩を親に返すといいますから、成人してどんなに苦労をかけさせられたとしても、授かっておくべきものということでしょうか。

たしかに子どもから学び、得るものはたくさんあるのでしょう。

でも残り少ない人生を子どものことで振り回され、眠れない夜を過ごすことだってもったいないことだと思うのです。

 

私が独身であること、子どもを生んでいないことを誰かが惜しいと感じるのは自由ですが、あくまでそれはその人の考えです。

本当にもったいないかを決めるのはその人ではなくて私自身だと思うのです。

私自身、自分の意思でこの歳まで独身で子どもを生まなかったというわけではないので、今の自分の現状がもったいないのか、はっきりいってわかりません。

おそらく死ぬときまでわからないような気がします。

だからこそ、誰かに独身であることを「もったいない」といわれてしまうと、違和感を感じてしまうのです。

 

でも正直、こんな私も自分自身に対してもったいないな、思うときがあるのです。

女性の卵子は生まれた瞬間にその数が決まっているといいます。

若いときはそんなこと何も思わなかったのに、出産のタイムリミットの年齢になり、毎月生理がくるたびに「ああ、今月も卵子を無駄にしてしまった」と思うのです。

この場合の「もったいない」はもしかしたら、私の頭がそう思っているのではなくて、本能からくる体の叫びなのかもしれません。

だとしたら私の体よ、ごめんなさいね。

 

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